地域でいま 11月
今月10日
 
安佐北区可部東4丁目の県立可部高校(須藤薫校長)は今年、創立百周年を迎え、同校同窓会が中心になって今月10日、記念式典と祝賀会を開き、輝かしい節目を祝う。
 可部高校の生徒数は現在806人、定時制136人。学校では4月に全校生徒による開校記念日を祝う朝会を開き学校の歴史に思いを寄せた。同窓会、学校、PTAは百周年記念事業実行委(今田良治委員長)を結成。記念式典と祝賀会を計画した
 式典は午前10時から可部高校体育館で生徒、同窓会員、PTA、来賓など千人余が出席。物故者に黙とうをしたあと、県教委や同窓会、PTA、学校、生徒代表などが百周年を祝うあいさつをする。席上、実行委から学校に記念碑の目録が贈られる。式典のあと、体育館西側の現地で除幕する。
 式典の最後に記念講演があり、同校第14回(1963年)の卒業で、中国新聞社代表取締役副会長・前代表取締役社長の川本一之氏(68)=安佐南区=が「青春の夢」と題して講演する。


記念講演 演題「青春の夢」
中国新聞社代表取締役副会長 川本一之氏
            第14回卒業
母校の可部高校が創立百周年を迎え、喜ばしい限りです。謹んでお祝い申し上げます。記念講演をさせていただくことは光栄の至りです。私は卒業して50年近くたちますが、高校時代は今もって脳裏に鮮やかです。あの頃、どんなことを思いながら過ごしたか、「青春の夢」と題して話させていただき、その後の私的な足跡を紹介させてもらえればと考えます。講演が在校生をはじめ後輩諸氏にとりまして幾ばくかのヒントになれば幸いです。母校に何かをしてもらうのではなく、母校に対して何ができるかを考えて実り多い人生にしていただければと、せんえつながら望んでおります。


 記念祝賀会は同日午後6時から中区基町のリーガロイヤルホテル広島で開催。予約制で約300人が出席する。席上、同校の神楽部員が演目「悪狐伝」を約40分間熱演し、百周年に花を添える。
 第16回(65年)卒業で12年間同窓会長を務める今田実行委員長(65)=大林4丁目、市議=は「セットで取り組んで来た校舎の移転と百周年記念事業は、皆さんの協力で無事終えることができる。学校が地域の拠点やシンボルとして発展したのは地域での信頼と愛着、卒業生との強い絆が大きな力となった」とふり返る。
 校長に就任して2年半の須藤校長(57)は「校訓の誠実、努力、友愛の精神を受け継いで計2万人の卒業生を送り出した。時代は変わっても一人一人が自分の役割や使命を自覚し、世の中に貢献できる人間に育ち、可部高魂を次の時代につないで行くのが本校設立の精神。生徒、教職員は今、改めてその精神をかみしめ、飛躍への足がかりにしたい」と強調。学校では百周年記念誌を作成し式典出席者などに贈る。
 PTAの森元秀貴会長(45)=可部東5丁目=は「4年前の新校舎への移転でハード面は整備され、次はソフト面の充実。百一年の第一歩は、新たに全国大会を狙える部をつくるなど部活を通した学校の活性化が課題」と「OBのバックアップ」を提唱する。
 記念碑は可部高校の第3回(52年)卒業で、現代彫刻家の空充秋(そらみつあき)(78)=本名・田中充昭、安芸高田市八千代町土師在住=制作の「雑草の如く」と題する花こう岩の彫刻。5本の指をかたどった力強い石組みが建つ。
 空さんは「5本の指は、この世で生きる源とされる『五大元素』を現す。仏教では調和を保つ五つの要素を地・水・火・風・空を指す。碑は上から見ると手のひら。石は自分を映す鏡でもあり、生徒は碑の前に立って力を得てほしい。題名は、踏まれても踏まれても生き伸びる雑草のたくましさのように、強い人間になってほしいとの願いを込めた。この道50年近くたって、やっと石が言うことを聞いてくれるようなった」と感慨深い。
 空さんは、多摩芸術大卒。石組みによる抽象彫刻に独創的な世界を展開。国内外の美術館などに数多く設置され、北京オリンピック主競技場に5輪を意味する5本の柱が建つ。
 地元では安佐北市民病院の玄関前に2本柱が2カ所で連結する「愛と誠」がある。中原悌二郎優秀賞、ヘンリー・ムア大賞展で優秀賞2回、各種彫刻展で大賞を受賞している。

祝賀会で生徒神楽部が祝いの舞い

 3年生で生徒会の宮本春花会長(17)=白木町=は「百年の歴史から新たな一歩を踏み出すためには、まず学校全体で『絆』をつくること。そして生徒全員が好きになり、すばらしい歴史を重ねて誇りに思える学校をつくっていきたい」と抱負。
 2年生で9月に神楽部(部員8人)の部長を引き継いだ川口将部長(16)=亀山南5丁目=は「演目は悪いキツネを退治する悪狐伝。大舞台での舞いは初めてで、百周年の祝いが盛り上がるよう精いっぱい演じたい」と練習に力が入る。神楽部は2年前に発足。川口部長は小学校4年から亀山公民館で神楽を習い、現在、佐伯区湯来町の下五原神楽団に所属する。他の部員3人もそれぞれに神楽団に加入する。
 
可部高校経歴

▽1912年(明治45年)4月13日 可部町立実科高等女学校設立
▽23年(大正12年)3月31日 可部町ほか8カ村組合立可部実科高等女学校と改称
▽26年(同15年)4月1日 県移管で県立可部高等女学校と改称
▽48年(昭和23年)5月3日 学制改革で新制高等学校に移行。県立可部高等学校に改称
▽49年(同24年)4月30日 県公立高等学校再編成で普通、生活、商業科の総合高校・県可部高等学校に改称
▽68年(同43年)10月1日 県立可部高等学校に改称
▽2008年(平成20年)1月31日 寺山の造成地に鉄筋コンクリート3階建ての新校舎が完成。4月1日に旧校舎から移転し、5月17日に移転記念式 

歴代校長(敬称略)
 ▽可部町立実科高等女学校(1912年〜23年)
 ▽組合立可部実科高等女学校(23年〜26年)
 ▽県立可部高等女学校(26年〜48年)
初代・我謝 秀厚(12年〜)
2代・山口筆太郎(13年〜)
3代・小林 登一(17年〜)
4代・宮道 惣一(25年〜)
5代・細田 新蔵(26年〜)
6代・上田 武彦(28年〜)
7代・中村  喬(31年〜)
8代・三島竜太郎(36年〜)
9代・岡本 周了(41年〜)
10代・数田 猛雄(44年〜)
11代・井口 鉄雄(45年〜)

 ▽県立可部高等学校(48年〜現在)
12代・岸本  渉(48年〜)
13代・井上  清(49年〜)
14代・岡田 茂二(50年〜)
15代・小路 丹一(53年〜)
16代・中谷 春司(55年〜)
17代・岸本  渉(56年〜)
18代・内海長次郎(60年〜)
19代・松尾 伝三(63年〜)
20代・坪井 守麿(66年〜)
21代・茶村 又一(70年〜)
22代・観山 文雄(73年〜)
23代・中村  正(76年〜)
34代・瀧川 晃三(79年〜)
25代・村上 壽夫(81年〜)
26代・小田 光義(83年〜)
27代・佐川 一彦(86年〜)
28代・中村 孝明(91年〜)
29代・佐東  哲(94年〜)
30代・福川 孝之(97年〜)
31代・井本 祐司 (2000年〜)
32代・玉中 利文(02年〜)
33代・林  雅晴(04年〜)
34代・河野  靖(07年〜)
35代・須藤  薫(10年〜)